2011年5月28日土曜日

M-net 2011-05-28

すべては感謝から

 M社のトップにあるものをプレゼントした。しかし、M社からは何の反応も返ってこない。M社の人と会っても、「ありがとうございました」の一言がない。日頃から、モノや情報を提供してきたため、「与えられることが当たり前」になってきているようである。
 一方のT社。プレゼントを受付の人に「これを社長さんと常務さんに渡してください」と置いてくると、2時間後には常務から電話が、そのすぐ後にT社の社長から携帯に直接お礼の電話がかかってきた。すごいスピードを持った対応である。
業績を見てみると、M社はいまいち元気がない、T社は破竹の勢いで成長している。トップや社員の姿勢が業績にも反映されているのでは?と考えてしまった。受け取り側の反応によってこちら側の印象も変わってくる。
情報やチャンスは人間性のある人の元へと集まってくる。「与えられることが当たり前」になっていないだろうか?手紙でもメールでも、電話でも何でも良い。情報やチャンスやモノを提供してくれる人に対して、何か相手に伝わる感謝の気持ちを行動で伝えたい。何気ない一言でも心が通じれば、その後の人間関係も上手くいく。すべては感謝から始まる。


NHK テレビ放映

5月26日(木) NHK BS1の「ワールドWaveモーニング」という番組で当社が中国で開校しているGMC教育が取り上げられた。


GMCは前例のない取り組みであり、話だけではイメージしにくいものだが、今回の番組を見て頂ければ人材育成の様子がよくわかると思う。番組をご覧いただいた企業のトップからの反応も上々である。彼らはこの後、実践的な教育を受けてアジアで活躍するリーダーへと成長していく。後日、NHKの別の番組でもGMCについて放送されるようである。
GMCは開校から7年目を迎えて大きな花が咲いてきた。中国・日本の社員の協力はもちろん、NHKの Kディレクターの熱心な取材によって素晴らしい番組が出来た。心から感謝したい。


2011年5月18日水曜日

M-net 2011-05-18

どうする日本

今、日本は東日本大震災(地震・津波)と原発問題による国難である。地震・津波は天災だが、原子力発電所の放射能問題は人災とも言える。
こんな状況下でどうしたらいいのか…?誰も正解を持っていない。
多くの人と毎日会っているが、この問題の話題がまず最初である…。話全体が暗く、明るい方向性が見えてこない。私はこんなふうに話をしている。
1.まず被災者の救出、保護、当面の対策などが緊急に求められている。
  原発をどう抑えこむか、総力を上げて取り組む必要がある。
2.もう一つ、当面や現状対策だけでは将来が見えてこない。勿論、国内のモノづくりを再建
  しなければ地域復興はありえない。しかし、グローバル化や国際化の今、日本国内だけ
  で考えていても始まらない。中国やベトナム・タイ・インドなどアジアと一体化した戦略が
  必要である。

 某新聞の社説に、災害などの外的ショックにも経営が揺るがない「強い企業」の条件が記されていた。ひとつは「世界で戦える企業・商品を持つこと」、もうひとつは「変化への素早い対応」とあった。まったく同感である。
ピンチだからこそチャンスでもある。発展著しいアジア諸国と手を結び、従来のビジネスモデルとは違う新しい事業展開が求められる。外に目を向ければ、視野も広がり、気持ちも明るくなってくる。内向きだけでなく、チョット外を見てみよう。

ハローワーク(職業安定所)

先日、当社の東京事務所に、ハローワークの担当者が訪問してきた。
何のために来たのか?話を聞いてビックリ。「南富士さんは職安に求人(中国ビジネス関係)を出していますが、会社の業務内容を教えていただき、もっと若い人を採用してもらえませんか…?」との事。つまり営業。求人開拓に、国や東京都が動いている。
若い人の就職が厳しく、今後は被災地の東北からも東京に職を求めて多くの人が来る…。一人でも多くの人(特に若者)に就職のチャンスを下さいとの事。
ハローワークは今まで、求人者(企業)と求職者(仕事を求める人々)を結びつけることが仕事であって、外に出なくても良かった。時代が変わり、求人が減少している今、求人する企業を見つけなくてはならない。社会の大きな変化を肌で感じた。


NHK テレビ放映

中国で7年目に入る【GMC(Global Management College)】の人財育成の現場が、下記日時にNHK(BS1)で放映される。内容は、若い幹部人材をどう育てるか?など…



2011年5月8日日曜日

M-net 2011-05-08

東日本大震災
2011年3月11日に東日本(岩手・宮城・福島を中心として500kmに及ぶ)に超大型の地震とそれを上回る大津波が発生し、多くの人々や住宅・建物、そして産業基盤(道路・港・鉄道・工場や生産設備)を根こそぎ奪ってしまった。(それ以外にも原発の放射能の問題もある。)
震災から2ヶ月が過ぎ、下記の仮設住宅支援のため宮城県南三陸町を訪れた。


同行した当社のN君は、被災地を見た後一言も話をしなくなってしまった。言葉に表せない絶句である。震災より2ヶ月たってもどこから手をつけて良いのか分からない状態であった…。
お亡くなりになった方のご冥福を心よりお祈りいたします。そして1日も早い復興を願っております。


復興仮設住宅

政府の方針のもと、被災者の皆さんに当面の仮設住宅を提供するため、A社の住宅22棟(107世帯)分の屋根・外壁工事を請け負わせていただいた。少しでも地元被災者のお役に立てばと思って、会社をあげて屋根職人10人、外壁職人15人、計25名と、社員3名が休日返上で仕事をしている。建設地は学校の運動場(2ヶ所)と学校の敷地(1ヶ所)の計3ヶ所。